新潟県の「県央地区」に位置する三条地域では、江戸時代から受け継がれる卓越した金属加工技術を用いて精錬された金属工具や金物食器などが盛んに製造されており、今や日本のみならず世界的に注目されているモノづくりの町となっています。そんな「金物の町 三条」に本社工場を構えるトップ工業株式会社は、創業から80余年にわたってクオリティの高い金属製ハンドツールを製造し続けている老舗工具メーカーです。
今回はトップ工業本社工場様（以下敬称略）へ訪問し、ブランドの原点や魅力など、ここでしか聞けないお話をたくさんお伺いしてまいりました。職人さんの息遣いが聞こえてきそうな貴重な製造工程の写真なども掲載しておりますので、是非ご一読ください。
［トップ工業株式会社本社社屋］
トップ工業株式会社本社社屋
「金物の町 三条」の歴史
そもそも三条地区はなぜこんなにも金属加工業が盛んになったのか。その答えは江戸時代に商人たちの交流の中心として発展した「北前船」にありました。
コメが産業の主幹であった新潟は、北前船の西廻り航路を用いて当時商いの中心であった上方（大阪）へたくさんのコメを運んでいました。西廻り航路は上方と新潟を行き来する間に各地の物産を運んでおり、中でも立寄り港の一つであった島根と鳥取では鉄を積み込み、復路にて新潟へ寄った際にその鉄をおろして代わりにコメを積み込んでいました。
北前船がもたらしたコメと鉄の交換文化に加え、三条地区は五十嵐川と信濃川に挟まれた流通に適した地域であったこと、そして鉄を溶かす際に必要となる木材がたくさん採れたことなど、いくつかの要素がうまく作用しあった結果、金属加工の産業が隆盛していったというわけです。
トップ工業の歴史
そんな金物の町で、トップ工業は鉄を作業工具として活用することで80余年という長い年月を工具の歴史と共に歩んできました。実はその原点は軍事工場であったというから驚きです。
当時の社名は「中島精密機械鍛造株式会社」。自動車メーカーSUBARU（スバル）の前身である中島飛行機株式会社の直属鍛造工場として、あの零戦と双璧をなす伝説の名機「隼（はやぶさ)」の部品の一部を製造していました。戦後は飛行機部品以外にも多くの分野に鍛造製品を展開し1963年（昭和38年）に現在の「トップ工業株式会社」に社名を変更。愚直に金属加工技術を発展させ続け、総合工具メーカーとして現在の地位を確立させました。
トップ工業の高い金属加工技術力はハンドツールの未来を作るとともに、工具の新たな可能性を我々に提示し続けています。
職人の熱い想いが宿る、トップ製品の製造現場
ここからは実際に製造現場にお邪魔してお伺いしたお話をお伝えしていきます。ご案内いただいたのは開発部商品開発リーダーの五十嵐 優様。種も仕掛けもない鉄の塊から、精巧で緻密なトップ製品が誕生するまでの過程とこだわりの技術をご紹介いただきました。
熟練の技術が光るハンマーマン
工場内に足を踏み入れるとまず耳に飛び込んできたのは、テンポよく、それでいて身体の芯まで貫かれるような「ドーーーン！」という轟音。音の主は、鍛造のために使用される高さ４～５ｍにはなろうかという巨大なエアドロップ式ハンマーでした。
「ラム」と呼ばれるスライド部分を高速で落下させ、熱した材料を叩く際に発生する打撃音が強烈な音の波となって我々の鼓膜と身体を揺らしていたのです。圧倒的な存在感を放つその巨大なマシンの前に立ち、材料を持ちながら巧みにハンマーを操るのが、鍛造の花形「ハンマーマン」です。
基本的にハンマー打ちはやり直しがききません。ハンマーマンは材料の温度管理や型打ちをする際のリズム、丸棒材料のつぶし方に全神経を集中させます。極めつけは複数台ある各ハンマーの癖を見てエアーの抜き差しを行うその技巧はまさに職人芸です。
自社内で製造を行っている金型
トップ工業では製品を形作るうえで必要となる金型を自社で設計、製造を行っています。自社内に金型工場と鍛造工場の両方を有しているメーカーは全国的にも珍しいそうです。
こだわりぬかれたトップ製品を形作る機械加工工程
こだわりぬかれたトップ製品を形作る機械加工工程
全ての人にとって使いやすい工具の製造を目指し、高品質の製品を生み出し続けているトップ工業。お客様のニーズを的確に捉えるため、加工工程で施されるこだわりの一部を見せていただきました。
トップ工業の製品を語るうえで欠かせないのが、モンキーレンチ（メーカー正式名称：モンキレンチ）。創業時から生産され続けている主力商品です。実は日本で初めてJIS表示許可を受けたのがトップ工業なんです。こちらでは実際に製造工程の一部を拝見させていただきました。
トップ工業のモンキーレンチは加工工程の中で、別々に製造された本体と下あごが、ある段階でペアとなります。途中でペアにすることで本体と下あごの段差を無くすことができ、見た目の美しさを確保すると共に、1丁毎に本体と下あごを調整することでガタツキを極力抑えることを可能にしています。
［加工工程の中で本体と下あごがペアとなる］
加工工程の中で本体と下あごがペアとなる
次にご紹介いただいたのは ラチェットレンチ。特筆すべきは鋼球とばねを入れるために加工するうえで必ず空いてしまう頭部の穴を溶接で埋めている点。これは穴に泥や砂などの異物が侵入して発生する不具合を未然に防ぐための工夫であり、他社ではこの穴を埋めていない製品が多いなか、トップ工業ではこのひと手間を惜しみません。
また大きな荷重がかかる切り替え爪には強度の高い鍛造爪を採用。ラチェットレンチで一般的に使用される焼結爪は、トルクをかけすぎるとバキッと一気に折れてしまうため、折れた反動で身体が飛ばされてしまうことがあります。高所での作業において体勢を崩すことは大きなリスクとなります。その反面、鍛造爪は焼結爪にはない「粘り」があるおかげでトルクをかけすぎた場合は爪が折れてしまう前に「ヌルっと」変形するため、作業者は事前に異変を感知することができるんだそうです。
「鍛造爪は焼結爪に比べて製造にコストも手間もかかりますが、作業者の安全を第一に考えた結果鍛造爪を採用しています。工具は基本的に壊れるまで使用するため、万が一壊れた時のことまで考えて設計しなければならないと思っています。」と五十嵐様はおっしゃられておりました。
鍛造製品の要「熱処理」と工具の化粧「研磨」
鍛造製品の要「熱処理」と工具の化粧「研磨」
鍛造製品において強度としなやかさを得るために欠かせないのが熱処理加工です。焼き入れしただけではまだ硬くてもろい状態のため、再度焼き直しによる温度調節を行うことで強靭でしなやかな製品に仕上がります。
熱処理を施された製品はその後職人の手による研磨・仕上げが行われ、つなぎ目であるパーキングラインなどをロボット研磨によって美しく整えていきます。
製品完成まであと少し…最後の砦、品質保障部
製品完成まであと少し…最後の砦、品質保障部
組み立てられてできあがった製品はついに最後の工程へ移ります。奥州に逃れようとする義経と弁慶を絶対に通さんとする安宅の関所の富樫左衛門のような鋭い眼光の職員たち。トップ工業が制定する厳しい規格に基づき検査を行う、品質保障部です。
ここでは寸法の測定、強度の確認、保障荷重の試験、材質のチェック、また製品を測定するための測定器の点検など、製品に関するあらゆる検査を行っています。お客様のもとへ届くトップ製品は全て、この品質保障部での厳しい規格チェックをパスした優秀な傑作なのです。
トップ工業が生み出す「つくるよろこび」
トップ工業が生み出す「つくるよろこび」
金物の町三条で産声をあげたトップ工業。創業以来妥協を許さず磨き上げてきた技術とモノづくりにかける熱い想いが形となって現れたトップ製品は、まるでそれ自体が意思を宿しているかのように使用する人の身体になじみます。
「さまざまな現場で活躍されているお客様のニーズを把握し、使いやすい製品の開発に取り組むとともに、市場を刺激するような製品を作っていきたい。」これからのトップ工業に対する熱い想いを語られる常務のお姿が印象的でした。
工具を「つくり」、それをお客様に使っていただくことで生まれるトップ工業の「よろこび」と、その工具を使ってモノを「つくり」、完成させたことで生まれるお客様の「よろこび」。双方の「つくる」と「よろこび」を人と社会全体で共有させ、明るい未来へ一歩ずつ歩みを進めていく。着実に踏みしめていくその足音のような、力強いハンマーの音が今日も三条に響きます。
会社概要
トップ工業株式会社
会社設立：昭和14年（1939）12月3日三条市において工場誘致期成同盟会結成により設立
本社：新潟県三条市塚目野2190-5
創業以来一貫してプロから一般ユーザーまで幅広く使用頂けるハンドツールを開発・製造・販売している総合作業工具メーカー。ブランドステートメントに「つくるよろこび」を掲げ、良い工具を「つくり」、ユーザーの「つくる」を支えている。
モンキーレンチ・ラチェットレンチ・先端工具等そのどれもが徹底した品質管理のもと、生み出される製品ラインナップは約2,000種類にも及び、国内はもとより世界各国で愛用されている。
