昭和が舞台の学園ドラマを見ながら淡い思ひでに浸っていると、あの時の奇怪な光景がフラッシュバックしました。それは1997年頃、中学2年生の冬。校舎全体が凍りつくほど寒い日のことでした。
「M島くんの靴が盗まれました。 」
3限目の体育の授業が急遽なくなり、教壇に立っていたのは体育教師で生徒指導担当でもあるK村でした。
被害者M島の肩は怒りに震え、今にも暴れだしそうにも見えました。そして沈黙が続く中、私や他のクラスメートは、ぐるぐると巡回させるK村の視線に捕まらないよう、下を向いていたのです。
K村は明らかにクラスメートを疑っているかのようでしたが、同じ時間割で行動している我々だけでなく、他のクラスや部外者による犯行も疑うべきではないかとは思っていはいました。
私が当時人気のあった推理ドラマの主人公であれば、席を立ち上がり見事な推理力を発揮したことでしょう。残念ながら、人一倍おとなしく目立たない生徒だった私に、その役目が回ってくることはありません。
「そんな大事なものなら、学校に履いてくんなよ」
ここで真打登場とばかりに、クラスで中心的なポジションにいたO寺からの正論パンチが炸裂。それは、この数日間、盗まれたスニーカーを嫌味なほど自慢していたM島に対する苛立ちをぶつけているような、語気の強いものでした。
何も言い返せないM島。すると不思議なことに、先ほどまで怒りに満ちていた震えが、悲しみと弱さに震えているかのように見えてくるのです。
そして、教室全体からは、無実の罪で疑われている無関係のクラスメートからの苛立ちも充満し始め、元々高飛車なところがあったM島への冷たい視線もあからさまに注がれるようになっていきました。
その様子を見たK村が、
「わかった、わかった。じゃあ、今から荷物検査をするからそれで終わりにしよう。先生もお前たちを疑うようなことはしたくなかったけど、仕方ないな。 」
そもそも、K村が作った最悪な空気の中でよく言うよと、誰もが思ったに違いありません。しかし、それでこの不毛な議論が終わるのであればと、文句を言う人もなく淡々と検査が進められたのです。
結局、教室の隅々を探しても盗まれた靴は出てきませんでした。犯人が名乗り出てくるわけもなくチャイムと共に緊急会議は終了。そして、誰もが嫌な気持ちで、その日の午後を過ごすこととなりました。後日、被害者のM島が一週間ほど学校を休んだことは今でも覚えています。
これは当時めずらしい光景ではありませんでした。同じような出来事が全国の学校や街中いたるところで起きていたのです。下駄箱に入れたが最後、まるで吸い込まれたかのように姿を消すことになるスニーカーがありました。そう、「ナイキのエアーマックス95イエロー」です。
あまりの人気ぶりで、街中で履いているだけで怖い人たちに取り囲まれ奪われる事件も多発。エアーマックス狩りと呼ばれたこの社会現象は、同じ時代を生きた読者の方でしたら、懐かしさに共感し頷いてもらえたことかと思います。
今日に至るまで、これほど話題になったスニーカーを他に知りません。現在でもスニーカー好きの間で語られる人気アイテムはあるとは思いますが、これは、ファッションに興味のない人ですらその存在を知っているほどの加熱ぶりだったのです。
あれから25年以上が経ち、私はスニーカーの中でもニューバランス好きのおじさんと化しました。990シリーズの履き心地が好きで、新商品は常にチェックし、予約限定アイテムを1足購入するのが1年間のご褒美となっています。そして、2023年夏に日本国内でニューバランスの安全靴が流通開始。今では、職場でもニューバランスにまみれながら倉庫作業が気分よく捗っています。
そんな私に訪れた下駄箱の悲劇。趣味仲間との忘年会で訪れた居酒屋で、靴を履いて帰ろうとした時のことでした。
「ない!」
はい、ないのです。私のニューバランス990v2×KITHの限定コラボモデルが。そこは、立派な大人に育ったワタクシですから、騒ぎ立てるようなことはしません。「閉店後、私の靴と引き換えに最後の1足が余るはずです。そう、犯人の靴はこの中にあります」と、じっちゃんの名にかけた少年のような推理を演じました。「あの頃の私よ、見ているか、これが25年後のお前だぞ」とばかりに、ドヤ顔をしていたかもしれません。
結果、見事に1足も残らず。そして、「1足残ったところで、知らない人の靴を見て犯人がわかるわけないやん!」と突っ込んでみたり、「犯人も馬鹿じゃないんだから、そんなわかりやすい証拠を残すわけないやん!」と犯人を褒め始めたり。
じっちゃんの名に恥を塗りたくった私は、店からサンダルをお借りして夜道をトボトボと歩いて帰りました。サンダルの隙間から通り抜ける真冬の風が、私の身も心もキンキンに冷やした真冬の一夜となりました。
エアマックスを盗まれたM島は、この日の私とは比べ物にならないくらい辛く悲しく悔しかったことでしょう。そう思うと、被害者にも関わらず、その後の学校生活でもクラスメートから冷たい視線を浴びるようになった彼を可哀そうと思うと同時に、申し訳ない気持ちで一杯になりました。
さて、あの話には後日談があります。M島の靴が無くなってから2ヶ月ほど経った頃、あの日教室で正論を浴びせたO寺と街中で出会ったのです。彼女と遊びに出かけていたようなのですが、ふとO寺の足元を見ると、そこにはエアーマックス95のイエローがありました。あれから時間が経ったとはいえ、まだ人気真っただ中。もちろん、O寺が正しいルートで手に入れたかもしれないし、当時出回っていた偽物だったかもしれません。しかし、私は真実を知ることが怖くなり、自慢げに彼女を紹介する彼に聞くことはできなかったのです。あの頃よりほんのちょっとは成長した私。卒業してから、O寺とは一度も会っていませんが、もし会う機会があればこの事件の真相を解き明かしてみようと思っています。じっちゃんの名にかけて。
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